その後、彼女は本格的にリハビリメイクを勉強し、やがて、ありのままの自分を受け入れて、人前でもメイクを落とせるようになりました。学会などで使う、メイク前後の写真の協力をお願いしても、「私でよければ、ぜひ使ってください」と、事例の一つとして発表することを、快く引き受けてくれました。しかも、「やけどのあとがある素顔の写真も、目をかくさずにのせてもらってかまいません」と言ってくれたのです。彼女の勇気に、私は頭が下がる思いでした。彼女が素顔の写真を使わせてくれるのは、「同じ苦しみや悩みをもつ人たちの役に立ちたい」と決意してくれたからです。このように前向きに考えることができるのは、自分の顔にあるやけどのあとを受け入れ、心のリハビリができたあかしです。外観にトラブルをかかえる人たちは、特別視されがちですが、E子さんのようにみんなが普通に街を歩ける社会になれば、特別なことではなくなるはずです。現在、E子さんは年下の優しい男性と結婚し、かわいい赤ちゃんもいます。最後に残る評価は「いい人か、悪い人か」だけ私は、十六年ほど前から、老人ホームで高齢者の方々にメイクボランティアを続けています。最初のうちは、セールスと勘違いするおばあちゃんもいて、「化粧品なら買わないよ」なんて言われたこともありましたが、今では「待っていたのよ」と声をかけてくれます。私の顔を見て、「かづき、かづき」と名前を呼ぶ認知症のおばあちゃんもいて、「覚えていてくれたんだ!・」と、とてもはげみになっています。どのおばあちゃんも、メイクをしたあとはとても元気な表情になり、たとえ記憶はあいまいでも、「口紅や頬紅はどんな色がいいですか?」と聞くと、「この色」と好きな色を教えてくれます。「きれいになりたい」というのは、人間の本能なのです。きれいになると、次はアクセサリーを選んだり、髪をとかしたり。ダンスが好きな人は、その場で踊りだすこともあります。その姿を見るたびに、「いくつになってもメイクをしたほうが、元気で長生きできるんじゃないかな」と感じます。百歳をすぎたおばあちゃんに、いろいろと話を聞きながらメイクをしていた時のことです。「ご主人とは、いくつ違いだったんですか?」「忘れた」「ご主人は、どんなお仕事をされていたんですか?」「忘れた」何を聞いても覚えていなかったのですが、「ご主人は、どんな人でしたが?」と聞くと、ひとこと、「いい人だったよ」私は、その言葉にハッとしました。人間は年をとると、愛した人の年齢も仕事も関係なくなり、学歴も地位も収入も、見た目がよかったかどうかも、どうでもよくなるのです。ただ一つ残るのは、その人が「いい人」だったか「悪い人」だったかだけ、ということを、百歳のおばあちゃんから教わりました。自信をもてるものを何か一つつくりましょう小学生の時の私は、赤い顔のせいで劣等感のかたまりになり、何をするにも自信がもてませんでした。ただ、絵を描くことは大好きで、いつも二十四色の絵の具を全部使って、見たこともない風景や勤物の絵を想像で描いていました。美術の先生が私の絵を見るたびに、「きみの絵はすごくおもしろい。ほかの人が描かないような絵だね」と、ほめてくれたおかげで、交通安全のポスターを描いて全国で一位や二位をとったこともあり、さらに大きな自信につながりました。文章を書くことも好きで、中学生の夏休みに日記を書く宿題が出た時、クラスのみんなはノートにその日の出来事を短く書く程度でしたが、私は大学ノートに、昨日は習字、今日は詩、明日は草花の観察記録、その次の日はマンガと、毎日毎日、内容を変えて書きました。その日によって、書きたいものが違ったからです。二学期が始まってその日記を提出すると、担任の先生から、「とてもいい。毎日の心の動きもよくわかる。きみはユニークな発想をするねえ」と、ものすごくほめられたのを今も記憶しています。絵や文章をほめられた自信のおかけで、現在の私かあるような気がします。それがなければ、ずっと自信のない子のままだったかもしれません。だからみなさんも、自分の好きなことを見つけて続けてみてください。何か一つでいいのです。ほめてくれる人がいなくたっていい。「絵はうまいけど、数学の成績がこれじゃあね」と言われても、気にすることなんてありません。数学が苦手でも、絵が大好きでうまければ、大きな自信になるのですから。絵を描いたり、詩を書いたり、曲を作ったり。今からどんどん感性をみがいていきましょう。
[参考]
サクッとわかるエステ決定版